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甲斐の八珍果

甲斐の八珍果ってどんな果実?

江戸時代に、甲斐の国(山梨県の昔の呼び方)の柳沢吉保というお殿様がモモ、ブドウ、リンゴ、ナシ、カキ、クリ、ギンナン(またはクルミ)、ザクロの8種類を奨励したことから生まれたといわれています。
この時代、日本では果物はとてもめずらしくて貴重だったことから、「八珍果」と名付けられました。

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中国生まれで、東洋を代表する果物。中国では昔から悪魔をよける力があるといわれ、仙人がたべる不老長寿の果物と信じられています。西遊記にでてくる孫悟空が、仙人のモモをこっそりたべてしまい、バツとして天上の世界を追いだされたという伝説もあります。
日本では江戸時代になってからつくることが広まり、生産量日本一の山梨県のモモは、世界一おいしいといわれています。

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葡萄

世界中の果物の1/3の栽培量をほこり、栽培面積は世界一です。全体の80%はワイン用です。今から5000年も前にエジプトという国ではワインがつくられていたという記録が残っています。ブドウはその後、中国のシルクロードを伝ってやってきました。山梨県の勝沼町では、日本で一番早く(1200年以上前)にブドウづくりが始まったといわれています。この最初のブドウは「甲州ブドウ」といい、今でも山梨県内では盛んにつくられています。

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りんご

森の中で最初にみつけたものはピンポン玉くらいの小粒のものでしたが、長い時間をかけて、今のような大きくて甘いリンゴになりました。
日本には、今から500年くらい前に中国から伝わってきたといわれていますが、食べるためとしては、300年くらい前の江戸時代に、アメリカのリンゴを江戸の大名屋敷に植えたのが始まりといわれています。一般に広まったのは、200年も後の明治時代になってからです。

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リンゴとおなじように果物の森からみつかったものですが、東に旅して日本に着いたのが「日本ナシ」、西に旅してヨーロッパに着いたのが「西洋ナシ」で、もともとは兄弟なのに、今ではすっかり赤の他人になっています。「日本ナシ」は日本がふるさとになり、樹でたべ頃になったものをとってたべますが、ヨーロッパがふるさとになった「西洋ナシ」は実が硬いうちにとってしまい、何日かおいてやわらかくなってからたべます。
兄弟が日本で再会したのは、明治時代になってからです。

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もっとも身近にある果物のひとつ。今から1400年以上も前に日本にやってきましたが、最初はしぶいものばかりでした。シブガキは樹で熟したり、干したりすると甘くなり、「菓子(かし)」という言葉は「柿子(かし)」から生まれたものです。カキをあらわす英語はありません。「KAKI」は世界中通じる数少ない果物のひとつです。

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クリは日本人が、米をつくってたべる前の時代からありました。クリ、クルミ、カシ、シイの実などを食料として、ときにはクッキーにしてたべていたようです。大昔のつくり方でおなじようにつくってみたクッキーは、香ばしくてとてもおいしかったということですが、フル-ツ公園でもぜひ挑戦してみたいですね。

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銀杏

ギンナンはイチョウの実です。樹にはそれぞれ雄と雌があり、両方ないと実がなりません。
イチョウの樹は「生きている化石」といわれ、恐竜がいた頃から地球上にありました。ギンナンはカゼをひいたときなどのセキ止めや、ぜんそくなどに、イチョウの葉の成分は、血圧が高い人のために良いとされています。

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ザクロ

日本にはいまから1000年くらい前の平安時代に伝わったといわれていますが、最初は実はたべずに、貴族たちの庭などに植えて、見て楽しんでいました。その後も長い間、庭木や盆栽として楽しまれてきましたので、あまりお店で売られているところはみかけないかもしれません。

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